音楽についても映画についても、最も好きなこの一本この一作と
いうものを挙げることは僕の場合は出来ないのであって、実に種
々の、そして数多の作品それぞれに対して常に別個な愛情を抱
いている。ある時はこれに、そしてまたある時はあれにと、その時
々の感情や状況に応じて、偏愛の重心はそぞろに移動していくの
である。
昨今音楽誌の如きものを定期購読する習慣がめっきりなくなって
しまったので、新譜や解散といったニュース、或いはもっと悪い場
合訃報などを大分時が経過してから不意に知るということが少な
くない。先ごろ、英語版のウィキペディアで出くわした思わぬ記述
に愕然としてしまった。
僕はいつ何時でもブロードキャストの音楽を愛好している。つまり
このバンドは僕の嗜好のあり方からすると数少ない例外なのであ
る。彼(女)らの志向がどれほどラディカルな方角へ舵を切ろうとも、
きっと違和感を抱くことなどなく、変わらずそうした変化変容も自分
の好みのものであり続けるのだという不思議な予感を持ってきた。
しかしどうやらブロードキャストの航海は唐突に終りを告げていた
ようなのだ。船乗りたちが一人また一人と下船しているのは知って
いたが、それでもあの船頭がいる限りにおいて、間隔がまばらにな
ろうとも必ず今後も幾たびか出帆はするであろうと考えていたのだ
が。
解散であるならばまだ希望はある。しかしまさか、ブロードキャスト
の精神たるボーカルのトリッシュ・キーナンが亡くなっていようとは。
享年42歳。肺炎のため不帰の客となったそうな。彼女の御魂が
天つ国でとこしえに安らかでありますように。
"Papercuts"Broadcast(Warp Records)